
ワトソンとクリックがDNAの二重らせん構造を発見してからの約50年で、急速に発展したライフサイエンスの世界。これまでにないものを次々と開発する試薬メーカーのマーケティング活動に博士の力が活かされる。
試薬メーカーに求められる役割
「試薬を売るのは、電化製品を売るのとは違う」。外資系の試薬メーカー「プロメガ株式会社」でマーケティング部の部長を務める長谷川さんは、ライフサイエンス分野の営業をそう語る。プロメガでは、アメリカ本社が開発した研究用試薬を国内の企業や大学の研究者に提案、販売している。「研究者は専門家。専門知識のある人間に対してモノを売るためには、単純な物売りではナンセンス。市場調査をしなさい、競合他社の動向を把握しなさいとよく言われるけど、そういうのは誰でもやること。ライフサイエンスの世界では、お客である研究者が求めるスペックや研究の方向性を考えることが必要。それこそがメーカーの役割だと思う」。ライフサイエンス関連のメーカーや代理店では、研究をしっかりと理解し、ディスカッションができるほどの専門知識を持つ人材は少ない。長谷川さんが語る仕事のスタンスは営業よりもむしろ研究者と二人三脚で研究を推進する相談役だ。
研究者として過ごした日々
現在はマーケティングに携わる長谷川さん自身、20年間大学・企業両方の立場で研究者としてのキャリアを歩んできた。学生時代、教授から海外で研究ができるポストを紹介されたのをきっかけに大学での研究生活を断念し、湧永製薬に入社。会社からアメリカのシティオブホープ研究所に派遣され、バイオテクノロジーの魅力に取りつかれた。帰国後には湧永製薬で6年間、セクレチンの全合成やインターフェロンの遺伝子クローニングなど、分子生物学の研究に携わった。研究に没頭し、朝の9時から気がつくと深夜2時くらいまで、食事以外は研究室にこもり続ける日々を過ごし、遂には大学院時代の指導教官に勧められて、成果を論文にまとめて博士号も取得した。
転機は研究の場を湧永製薬から東燃(現、東燃ゼネラル石油)に移した12年前。自らが研究・開発したC型肝炎ウイルス(HCV)の検査試薬キットの事業化に携わった。当時、どこも開発していないHCV検査試薬キットを売るのは、営業というよりも研究のディスカッションに近いものだったという。「新しいものを売るポイントは、使用メリットをいかに相手に説明し、納得させることができるかに尽きる。これは研究をやっていたからできること」。初めての営業にも関わらず、長谷川さんは年間5億円の売上を上げる成果を出した。
R&Dとのコミュニケーションが未来を拓く
その後、会社のバイオ部門からの撤退に伴い退職し、知り合いのつてでヘッドハンティングを受けて営業部長としてプロメガに入社した。「プロメガの面白いところはR&Dがしっかりしているところ。これからの研究の方向性を見据えた革新的な製品を出してくる。だからこちらもロジックを作りやすい」。ライフサイエンスの研究では、タンパク質の精製やイメージングなどを行う際にタグという目印を用いる。同社が最近販売に力を入れる「HaloTag(ハロタグ)」は、精製やイメージングなど、これまで用途に応じて使い分けていたタグを一種類のタグでカバーすることができるという特徴を持っていた。その点に目をつけた長谷川さんは、これまでイメージングのツールとして紹介していた「HaloTag」を様々な用途を一貫して行える万能タグという位置づけで紹介するアプローチに切り替えた。「本当にこの商品を日本の研究現場へ広げたいなら、アメリカ本社のマーケティングとの情報交換では限界がある。一番情報を持っている本社のR&Dから情報を引き出すことが重要だ」。そう感じた長谷川さんは、その高い専門性を活かし、直接本社の開発部隊とコミュニケーションを取りながらカタログには表れない商品知識を蓄えた。
現在、長谷川さんはマーケティング部とテクニカルサポート部の部長を務め、博士号を持つ5人のスタッフとともに新たなマーケットの開拓を行っている。「分子生物学の世界には夢がある。科学技術立国を標榜する日本で、すばらしい研究成果が出てほしい。そこに研究者という立場ではなく、研究者の相談役という立場で貢献していきたい。」研究を知る人間だからできる発想でマーケットを開拓してきた姿に、博士号取得者としての自信と誇りが垣間見えた。
(『「博士号」の使い方』より転載)

