研究経験もとに知財の道へ

アンジェスMG株式会社 知的財産部 須藤統子

Category: 研究+α | Update: 09/05 | Posted by: ishizawa


今回のキャリアチェンジ経験者は
日本初の上場バイオベンチャー「アンジェスMG株式会社」知的財産部の須藤統子氏。近年、経営戦略や会計の観点からも大きな注目を集める知的財産。企業の知的財産部の業務とはどのようなものなのか。また、須藤氏が知財業務に就くまでの足跡を聞いた。





事業化の種を育てる


須藤さんは、知財に興味をもったきっかけを教えて下さい。

私は京都大学の農芸学部の食品工学科の修士課程を修了した後、外資系の製薬の基礎研究所の研究員として6年半くらい働きました。ちょうど5年目くらいの頃、ちょっと博士号を取ろうかなと思いだしまして、もし取れれば、アカデミアに戻りたいなと思っていました。ちょうど6年くらい働いたときに、母校の大学に博士論文を提出して博士号をとることができたのですが、その後、たまたまご紹介があったオックスフォード大学の医学部の研究所にポスドクとして留学しました。その後、名古屋大学の助手として2年半働いたのですが、ちょうどその頃、結婚したいというのがあり、結婚を機に東京に引っ越すので、とりあえず研究職はリセットして、専業主婦になろうかと考えていたのです。ところが、たまたま、知り合いが、特許事務所に特許事務所の社長さんをしていて、人を探していて、その縁で、特許事務所に4年勤めることになりました。4年目くらいのときに弁理士試験をちょっと受けてみようかなと思いまして、受けたら合格できたので弁理士として働き始めましたのですが、その時の特許事務所のクライアントの中にはバイオベンチャーの方が沢山いらしたので、打ち合わせをしたり聞き取り調査を行ったりしているうちに、バイオベンチャーって面白そうだなと思うようになりました。そのご縁で、現在のこの会社に勤めることになり、今、1年10月くらいというところです。


バイオベンチャーが楽しそうだなと思ったのはどの辺なのですか?

ひとつの案件にかける情熱が大きい所ですね。こちらも必死でやってあげずにはいられなくなる。担当者のかたが必死にやっている姿に接すると、少しでもいいものを出してあげたくなります。特許事務所とは代理人なのですが、私の性格からもっと主体的に会社の権利を扱いたいという気持ちはありましたので、アンジェスMGの知財部を選びました。


アンジェスという会社は具体的にはどのような事業内容を行っているのでしょうか?

大阪大学で遺伝子治療薬の研究室の教授をされている森下先生の御発明に基づいて、遺伝子治療薬を厚生省の認可をうけて世の中に出しています。今、最終段階にきているのは、足の血管がつまってしまい足を切らなくてはならなくなるという病気の治療薬です。そこにHGF治療薬を打ち込むとHGF遺伝子が発現して、詰まった血管にバイパスができる。それで詰まったところが改善されて足を切らなくてすむという薬が最終段階にきています。どこの製薬メーカーも新しい薬というのはすごい投資をしないといけないため、ハイリスクではあるのですが、その薬でしか直らない患者さんというのはたくさんいらっしゃるわけで、希望を抱いてくださっている患者さんのためにも早く売り出せればいいなと思っています。




バイオベンチャーにおける知財業務の実際



その会社中で須藤さんは知財のことをなさっているということですが、知財部というのはどんな仕事をなさるのですか?

知財というのは、著作権や商標権といった様々な権利を含む一般総称なのですが、技術にもとづいた企業である限り、会社を支えるのは技術です。技術を保護するのが特許なので、知財部では特許をメインに扱っています。新薬というのは、莫大な開発投資を特許期間内に回収できないと、特許が切れた時、後発品メーカーさんがジェネリックという形で、安い値段で入ってきますので、薬価が下がって利益回収が追いつかなくなってしまいます。つまり、特許がないと利益というものが見込めないので会社として成立しえない。次の投資もできないですし。というわけで、特許をどうやって守るのかというのは技術の会社にとっては死活問題です。技術は実験結果として上がってくるのですが、私たちはその実験結果を特許明細書という形にして、特許庁に提出するのです。こういう内容について権利をくださいということを、法律に照らして正確に書いていくのですが、もちろん、出せば特許になるわけでありません。様々な条件がある中で、この実験データに基づけばどの範囲まで特許がとれるか。どの方向の権利にすれば、うちのビジネスモデルが一番強く保護できるかということを研究者と相談しながら、特許庁に提出する。ただ、こちらも広めに出しているので、特許庁から拒絶理由がきます。それをまた法律にあわせて、ここは削ってもいいけど、ここは何としても守ろうということを行うのが、出願権利間業務です。弊社は遺伝子医薬を扱っていますが、実は遺伝子そのものは弊社の特許ではないのですね。この遺伝子をうてばこの病気にききますよというのが弊社の特許です。投与方法ですとか、こういうプラスミドを、こういう形式で、この部位に投与して治療するというのを開発しているのですが、その投与することに関して、さらに関連する特許がたくさんあります。そこで、この特許を使わせてくださいという契約をそこに関わる会社さん、例えば、遺伝子を持っている会社さんと契約したりといったことも行います。難しくはパテントポートフォリオというのですが、あるビジネスプランに対して特許群というのをきちんと構築していって、しかも、自分のビジネスプランがその中で守られないといけない。あまり近いところに他社が参入してくるのも好ましくないので、ある程度、他社の参入を防げるような幅の広い権利を構築する必要があります。そこで、他社の特許の情報や、他社の技術情報といったことの調査も行います。特許に関するなんでも屋さんという感じです。


知財部をもっていないといころは特許事務所さんにお願いしてやるのでしょうか

弊社も特許事務所さんにはお願いしています。明細書も全部自分で書いているわけではありません。もちろん弁理士資格を持っていればできるのですが、手続きが煩雑になってくるケースとか、時間的制約があるケースですと特許事務所さんにお願いしています。その場合は、研究員からデータの内容を聞いて、どういう特許でどういう権利を主張しようかというのをドラフトして、特許事務所さんにこういう形でどうでしょうかと言う感じです。知財部のない会社ではおそらく特許事務所さんが関わる範囲が大きくなると思います。


知財部で働いていておもしろいことというのはどのようなことがありますでしょうか?

結構、毎日おもしろいですよ。他社の特許をどうやったら無効にできるかというのも興味深いですし。自分たちがやろうとしていることをカバーしている特許があって、ここにロイヤリティーを払うのは尺だなとか、ちょっとこの特許邪魔だなということがでてきたりします。そういう時は、論文とかアカデミックデータとかを検索して、これだったらこの特許は無効にできるなと。無効になるには、無効理由という法律で決まったものがあって、この文献の内容とこの特許の内容と同じかもしくは非常に近いとなると無効になる可能性があるといった論理付けを行い、特許庁に対して論理的にこういう理由で無効ですよねとお伺いをたてるのです。

それは出願前の文献ですか?出願後の文献ですか?

基本的には無効にしたい特許の出願前のものです。古い文献になってしまうので、検索するのは非常に大変ですし、自分の今持っている技術常識と当時の技術常識というのは違うのでなかなか大変です。特許庁から拒絶理由通知が送られてくることがあったりするのですが、これとこれを組み合わせてありふれた発明だからだめだと言われる。でもこういう文献もあるから、ありふれてないじゃないですかとか反論する。こういったことはなかなか興味深いですね。

一回取れた特許が無効になることもあるのですか

もちろん、あります。大きい範囲で取れればいいのではなくて、リスクの少ない確実なものをとるというリスク管理の要素が非常に大きい仕事ですね。他社がつぶしにこないのであれば、大きくとっておけばいいのでしょうが、もし、競合他社がつぶしにきた場合、その結果なくなりましたというわけにはいかないので、ここにリスクがあることを読んで、いざとなったらここをはずせるようにグラティング(?)しておこうという…

これを特許化しようというのは経営側が決めるのでしょうか?

経営陣のこともあります。この疾患だと患者さんも多いし、ほかにいい治療薬がないとか、ほかの治療薬はパテント切れであるといった理由で、この疾患にいけるとうれしいという状況の時に、その疾患にいけるように、この疾患の動物モデルでの実験データを出して下さいというのを研究者のほうに、こちらから提案したりといったことは行います。ただ、それを実施化の方向に向けるかどうかというのは経営判断ですね。私たちは、経営判断において、それに関する特許はどれくらい強くて、どの範囲でなら権利化できると思いますよというのをサジェスションしないといけない。知財部の仕事は、研究員と経営者とも仕事をしなくてはいけないので情報は常に沢山もっています。

知財部から発信した情報の中によって会社の将来のR&Dを左右したりすることもあるのでしょうか?

最近は、知財経営であるとか知財戦略経営である言われていて、もちろんそうした形が望ましいのでしょうが、私が入社した時にはビジネスモデルは走り出していたので、現在おこなっているのは、こちらが特許戦略を組み直したりとか、ここが弱いということを指摘したりですとかこれ、今の段階ではこちらがフィットさせるというのがほとんどですね。もっとシーズが開発で走るようになれば、そういう分野も出るようになるかなと思います。

特許の仕事はどのへんが一番、大変というか、コアなものになるのでしょうか

最初は、技術が生まれたてのときに出願して権利化する所ですかね。これは時間的にはあまりかかりませんが、実施化が近づいてくると、他社の特許の状況ですとか、よそが自分のところの特許に抵触するようなことをしていないかといったことが重要になってきます。また、企業ですので、次のシーズを探すといったことも重要な業務内容になります。弊社では導入案件といっているのですが、よその技術を、お金を払って持ってきて、それで新しいものを開発する。こういう導入案件があるのですがどうですかといった提案を行ったりもします。

バイオベンチャーにおける知財部にはどのような特徴があるのでしょうか?

バイオベンチャーの知財部としては、規模が小さいので、ビジネスモデルはいくつかしかないので、全体像が見えるということですね。特許戦略を立てる際、結果までの道がリアルに見えるので臨場感がある。大きな製薬会社さんの仕事の話をきいていると、私は訴訟担当なのでとか、たとえばアメリカ専門の人がいたりですとか細分化しているところもありますが、ベンチャーでは会社全体の知財業務の全体像もつかみやすいというのが最大の特徴だと思います。扱う件数も少ないので、返って比重が高いというか、一つ間違えると会社の利益に大きく影響してしまうので、責任も重いけれどやりがいもあります。




異分野にいっても生かされるくらいの研究経験を積むべき



弁理士というと、ずっと書面を書いているというイメージで、自分にはまったく関係のない世界という印象でした。

知財業務というのは、文房具屋さんと似ていて、文房具屋さんというのは、昔は筆記具しか売っていなかったですよね。ところが、今は家具を売っているところもある。最近は、知財経営とか、知財戦略経営とか盛んに言われていますので、知財の関わる範囲がすごく広くなってきています。私の友達が面白いことを言っていたのですが、その友達は、弁理士というのは、将来の事業と技術進歩を予測しながら実験結果の中の顕在化されていない価値を拾いあげて、ビジネスに結びつける現代版の連金術士なんだねと言うのです。データの中の研究員が認識していない価値を拾いあげて、方向付けをしてあげて、ビジネスにつなげる。

知財の世界に足を踏み入れるときに、ビジネス的な経験がないことが足かせになっている場合もあると思うのですが。

あったほうがいいとは思いますが、そういったビジネスや、特許の知識というのは入ってからいくらでも教えてあげることができます。ただ、研究経験についてはフォローすることはできませんよね。研究者と話をするときに、研究経験があると、この先生はどこまで特許のことを理解しているかとか、その先生と同じ目線で考えることができるようになる。特許の人は特許の視点からいっていても、先生は理解できないですし、先生は研究者の視点で話しをするので、こちらに研究経験がなければ、通り一辺倒のことしか理解できない。そうするといい明細書は書けないので、フレキシブルに調整できるのは自分に研究経験があったことが大きいと思っています。

私はこの春、博士課程に入学しました。入学するに当たり、迷いがありまして、それは女性が博士をもっていて、メリットになるかということです。すごく極端に才能があれば、メリットになるのでしょうが、私は自分を振り返った時に、そんなに才能があるのかなというのが悩みで…

ドクターにいっていたり、ポスドクをやっていて、次の職の準備としてなにをすればいいかと聞く人もいるのですが、私はとにかく自分の研究を一生懸命やるというのが一番いいとおもっています。そのとき与えられた環境で目の前にあることを一生懸命やるのがいいと思います。もちろん知財職は、PhDでなくてもできます。研究職以外のしごとはPhDでなくてもできる。それでも、知財の仕事をする上で、そこにいたるまでの研究経験というのが脈々と生かされると思います。逆に言うと、生かされるくらいの経験をつむべきだと思いますね。PhDホルダーとしての価値は研究がよくわかるということしかない。じゃあ、自分の価値を高めるには、そこを強くするしかないですよね。PhDってタイトルではなくて経験だと思うのです。日本はまだPhDというのは、なかなか認識されないタイトルですが、今の経験は必ず生きると思いますので、いい経験に裏づけされたPhDになってほしいなと思っています。朝から晩まで研究をしているポスドクの方とかは、その経験をもとに自信を持って色々なことにチャレンジしてほしい。




さいごに


「会社がどんどん発展していくに伴って、バイオベンチャーから製薬会社になるこの会社を見たいなと思います」と語る須藤氏。
特許事務所時代にクライアントとして関わったバイオベンチャーの知財担当者のひとつの案件に賭ける情熱の大きさに惹かれ、今の仕事を選んだ。弁理士として、会社の躍進の鍵を握る知的財産を扱う過程には、そこに至るまでの研究経験が生かされていると言う。研究を軸としつつも、柔軟に自らのキャリアを選択してきた須藤氏。その言葉の通り「知財の世界は研究経験が生かされる世界」なので、研究への想いが強い学生こそ、積極的に足を踏み入れてみてはいかがだろうか。


氏名
須藤 統子
プロフィール
1988年
 京都大学農学部食品工学科卒業
1990年
 同大学大学院農学研究科食品工学専攻博士前期課程修了
製薬会社の究研所在籍中に論文博士を取得(農学博士)。退社後はオックスフォード大学でポストドクトラルフェロー、名古屋大学大学院生命農学研究科助手として研究活動に従事。結婚を期に研究職から離れ、特許事務所勤務に勤務、弁理士資格を取得(2003年登録)。
2005年2月
 アンジェスMG株式会社の知的財産部に勤務し、現在に至る。