人生の第2幕、始まる

片岡 達彦(テンプスタッフ・ケリー株式会社)

Category: 研究+α | Update: 09/05 | Posted by: ishizawa


今回のキャリアチェンジ経験者は、テンプスタッフ・ケリー株式会社の片岡達彦氏。博士号取得後オーストラリアへの留学、理化学研究所(以下、理研)でのポスドクを経て、36歳で一念発起し現在の人材紹介業の門を叩いた。そこにはポスドクがパーマネント職を得る難しさを知ったからこその決断があったという。更に企業からの人材ニーズをインタビューする同氏はポスドクの就職をサポートすべく、行動を開始している。企業のポスドクへの評価、就職活動における心構えなど、人材ビジネスの前線にいる同氏から実際のところを聞いた。




大きく変わった研究者を取り巻く状況


私はこの4月に博士課程3年になったばかりなのですが、私が通う大学は比較的若い大学で先輩方や同期も少なく、更に地方にあることもあってキャリアに関する情報が本当に届いてこないんです。そんな中この「キャリアチェンジ研究所」は本当に必要としていた企画で、毎号読んでいました。今回は私自身がお話を聞けるということで、非常に嬉しく思っています。よろしくお願いします。


こちらこそよろしくお願いします。

片岡さんはいつご転職されたのですか?

私は2006年6月、36歳の時です。テンプスタッフ・ケリーという会社で人材サービスを行っています。人材を求めている企業に人材を紹介する、人材紹介コンサルタントという仕事です。企業の方との話を通じてその企業が望まれている人材のスキルや経験を正確に把握し、一方で転職希望者の方との面談を通じて、スキル、ご経験、キャリアビジョンを伺い、両者を引き合わせていく。そして両者が合意して入社に至った際にクライアント(企業)から報酬を頂くというビジネスです。

実は私はこれから先、研究を続けて研究の道に進もうか、研究から離れた職種に進むかどうかも決められていません。どっちにしようか迷いがあるのは、もし研究から離れると、これまで毎日研究を朝から晩までやってきて、それがある日出来なくなってしまったときに凄く寂しいんじゃないかと思うんです。片岡さんはどうでしたか?

ええ、寂しかったですよ。博士号を取ったあとオーストラリアに留学して、その後理研でアカデミックポジション目指して36歳までポスドクをやってきたわけですからね。いよいよ、ピペットマンを握るのも最後というときは、感傷的になりましたね。でも次の世界に飛び込んでさあやるぞ、という気持ちの切り替えは出来ていましたよ。

片岡さんの研究経歴を見ると、論文も多くパブリッシュされていますし、研究を続けるという選択肢もあったのではないかと思うのですが、いかがですか?

ポスドクを続けていくことは可能でしたが、同時に閉塞感を感じていました。また、目標だった大学の教員を目指して、旧帝大、私立大学、地方大学、いろんな大学に応募しましたが、採用には至りませんでした。
博士課程に進学した時にはビジネスには興味がなく、それよりも例えば誰も触ったことのない遺伝子を見つけて、誰も知らなかった世界を開拓して、自分なりの生命観を作り上げていきたい、という思いがあって研究を続けていたんです。
しかし、時代が変わりました。パーマネントポジションは極端に減り、プロジェクト任期制のポスドクというポストで研究をする人が物凄く増えたのです。私がポスドクをやっていた理研はポスドクの中でも待遇がいい所でした。私は4年間理研にいて、恵まれた研究環境の中で、順調に研究も進み、論文も数報出ました。でもプロジェクト単位で雇われるポスドクという身分は、そのプロジェクトが終われば雇用がなくなりますし、もしそこで十分な結果を出しても、必ずしも大学や研究所でポストを得ることができるわけでもないという現実が見えてきました。単にいい論文を書けば大学や研究所でパーマネントポジションが手に入るということではなかったのです。
36歳になってプロジェクト任期制での研究を続け、ポスドクを4年勤めたとしたとき、40歳になってもパーマネントのポストにつくのは難しいという状況は変わっていないだろうと思ったんです。それで、他の職業に目を向け始めたのです。




友人との会話で芽生えたのは、危機感とビジネスへの興味だった



私が通っている大学では学生課の職員さんも「ここは学部生が来るところ」という認識があるみたいで、博士課程の学生は相談をする場所が無くて困っています。片岡さんのときはどうでしたか?

大学でも博士号取得者の就職サポートはうまく行っていないんですね。理研でキャリアサポートセンターが出来たのは2006年の1月でした。でも実際私が就職活動をしているときにはその存在を知りませんでしたから、私はとりあえずいろんな人に会うことにしました。大学や高校のときの友達が多かったものですから、久しぶりの友達もずいぶんいましたよ。その時私は36歳でしたが、同年代の多くは会社の中で既にマネージメント職の年齢なんですよね。それはそうですよね。学部で卒業した方は社会で既に15年近くも働いているわけですからね。そういう友達の話を聞いて、凄い距離感と自分のキャリアに対する危機感を持ちました。でもそれと同時にビジネスに凄く興味を持ったのです。それで就職先をインターネットで調べていたときに、たまたま企業研究職の求人広告の中に、この会社の求人を見つけたんです。異色ですよね。それで話を聞いてみようということで、面接を受けました。


片岡さんは他の職業に目を向けられた時期に企業の研究職は考えなかったんですか。

い一時は考えましたが、正直、研究だけの人生でいいのかなという思いがありました。僕が知りたいと思っていたビジネスは、営業も含めて顧客と主体的に触れられるものだったんです。後もう一つ考えたのは、資格とかを取っ払って、裸の自分の特性ってなんだろうと考えたときに、分け隔てなく人と話すことが出来て人の話を聞くことが好きだ、ということだと思ったんです。最後に残るのは、それなんじゃないかなと。それを生かして、さらに理系の専門性を生かして何が出来るんだろう、と考えたときに理系の専門人材に特化した人材紹介ができるんじゃないかと考えたわけです。

そちらに進まれると決めたときにはラボのボスに止められたりしなかったんですか。

「それでいいのか」と言われましたね。でも、もう決めていましたから。そのときにはビジネスのことを理解しないで一生終わってしまうのは、それこそもったいないんじゃないかと思うようになっていました。留学もしてポスドクもやって、学会などで一流の研究者とディスカッションを出来たり、自分の研究論文を出して、いろんな研究世界の経験をさせて頂いた。そういう意味でその道に進んだことは全然後悔していませんし、そこで出会った皆さんに本当に感謝しています。私は研究の世界で頑張ってきたことを誇りに思っていますからね。今度はそことは別のところで、新しい自分の持ち場でもう一旗立てようと、そういう心持でした。だから今は人生の第二幕が始まった、そういう感覚ですね。実際、この職業を選んで仕事をしていると、同時代に同名の別人が生きている感じがしますよ。

今の仕事の醍醐味は何ですか?

人生の岐路に立っている方のサポートができることです。これまでに、百人以上の方の話を伺う中で人生を共有させていただき、普段は伺えないような話も伺って、今後のキャリアについてご相談、ご提案させていただいています。そこには私が知っていた閉ざされた研究の世界とは違って、物凄く広い世界が広がっていました。ビジネスの世界は厳しいと思わせる話もあり、大学や学術研究社会とのギャップを改めて実感しました。
ポスドクの就職難問題は私自身の転職の動機のひとつですし、その就職支援は自分のミッションだと思っています。日本の資源は人材です。人材を活かさないといけない。ポスドクの方は世間からみたら好きなことやってきたというふうに片付けられてしまうかもしれないけど、例えば一見何の変哲もないゲノムの配列の中に、価値や意味を見出すということをしてきた人材なのです。最新の情報を集めて、検討の結果、対象とする研究テーマを決め、実験計画を作り、自分でそれを実行して、レポート書いて発表して、結果を論文にまとめることが出来る人材なのです。英語もできる人も多いわけですよね。なんでそういう人材を活かせないのか、もどかしさを感じるわけですよ。私の場合、ポスドク出身なのでその思いが人一倍強いんです。
現在の会社ではKSR部といって理系専門職の方に特化した人材紹介業を立ち上げるところからやらせてもらっています。企業側もポスドクの出身者で成功者が出たら、ポスドクのイメージがガラッと変わると思うんですよね。そういう成功を一つ二つと作っていく。そういうことが僕に課せられているミッションなんだと思って頑張っています。



企業が求める人材とは。



片岡さんは実際企業の人材ニーズを聞く立場にあるわけですが、博士号取得者は企業からどのように考えられているんですか?

博士課程卒業後すぐに企業に就職する場合は新卒採用枠に当たるので、ポスドクよりも就職はしやすいですね。最近は景気も上がってきましたから採用枠が大きくなっているのも事実です。今学生の方は、いままで話したようなポスドクの置かれている状況も鑑みて、自分の進む道を決めたほうがいいと思います。私の場合はアカデミックポストに就くことしか考えていませんでしたから、学生の間はその他の情報を集めようともしていませんでした。研究の世界で思いっきりやることは重要だと思いますが、その道を経てきた私から言えることは、そのほかの道も見ておくことが重要だということです。高校や大学の同級生と会って話をするというところからでもいいので、始めてみてほしいと思います。

片岡さんのお話を聞いて危機感が大きくなりました。すぐにでもいろんな人の話を聞きたいと思います。ポスドクの方についてはどうですか?

35歳という年齢で、非常に高い壁があると感じています。35歳、ポスドク、企業経験なしというだけで話を聞いてくれない会社がほとんどです。私はそういう企業にはポスドクにチャンスを与えて欲しいという意味で、新卒と同じ待遇でもいいから検討してもらえませんか?と伝えますが、ほとんどの企業からは断られます。

そんなに狭い門なんですか?

そうです。その事実はポスドクの方は知っておくべきだと思います。私自身もキャリアチェンジをして間もないですから、社会に出て揉まれて、その厳しさも今まさに体感しています。でも大学を卒業して十数年もビジネスの世界で生きてきた人と闘うことになるわけですから、苦しむのも当たり前だと思うんです。
でもそれまで一生懸命研究をしてきたわけですから、ポスドクの方にも培った能力があるわけです。それに加えて会社で求められる部分をキャッチアップしていけば、チャンスはあると思っています。私はある分野の専門性を持って研究をやってきた人は別の分野の専門性、知識も吸収できるだろうと考えているからです。諦めてはいけないのです。



就職活動の際に気をつけることはありますか?

2点あります。1つは早く動き出すこと。期限付きのポスドクの場合、期限ギリギリまで就職活動をしないと似たようなスキルを持った方が一気に就職活動を始めることになります。そうなると人材を求めている企業自体も少ないのに、更に競争が激しくなってしまうんです。だから早い時期に真剣に探し始めたほうがいいですよ。就職活動の期間を長く取っていれば、そこで似たようなキャリアの人が重なる可能性も少ないし、就職先の企業が現れる確立も上がるでしょう。ポスドクとして雇って頂いているからその期間は休まずにきっちりやらないといけない、それは素晴らしい考えですが、それで転職のチャンスを無くしてしまうのはやめましょうよ。自分自身の人生の問題として、現実を見て行動を起したほうがいいですね。
もう1つは、結局企業がキャリア採用で求めているのはこの人を採用したらどんな利益があるか、ということなので、それをアピールしなければいけません。まずはその姿勢をもつことです。ポスドクの方に多いのは、「私は真面目です、何でもやります、頑張ります。」という方ですが、そんな人は必要とされないんです。そうではなくて、「自分がやってきた研究の、こういう部分はこの仕事に生かせると思います」とか、「こういう仕事と融合できたら将来こういうビジネスが展開出来るんじゃないか」というビジョン、特に自分のキャリアと会社の事業とを繋げるストーリーを考え、それを企業の方に伝えることがとても重要なのです。いわゆる指示待ちで、自分の興味のある分野だけをやるというスタンスではなく、自分と会社、さらにその先にいる顧客とどう結びついていけるのか積極的にアイデアを出してストーリーを描くこと。それをそれまで培った論理的思考力で理路整然とプレゼンをする、そういう姿勢をもつだけで企業の見方もがらりと変わると思いますよ。実際、そうしたセミナーも企画しているところです。
転職というのは結局今の自分の持ち場を離れて、社会とどう関わっていくか、社会との接点をどこに見つけていくかを考えるいいチャンスだと思うんですよ。現実を受け止めて、今やるべきことを冷静に判断して行ってほしいと思います。




さいごに


「プロジェクト制の研究はたとえ素晴らしい成果が出たとしても、その中にいたメンバーがその後仕事に就けない、人材育成も行われていないという状況であれば、そのプロジェクトは失敗だと言っていいのではないか。」自らも35歳を過ぎて年齢的に厳しい状況の中、転職を果たした同氏は今のポスドク過多の状況をそう語る。更に「年齢は大きなネックであるが、研究で培った能力で勝負をしよう」とポスドクの方に語りかける。自分が就職活動で苦しい思いをしたからこそ、求職者の気持ちに立った人材サービスを提供できるのであろう。
被害意識だけでは状況は変わらない。1万人いると言われるポスドクの代表として、ポスドク問題の解決を自らのミッションと規程し、積極的に仕事に向かうキャリアチェンジ経験者の姿がここにある。




氏名
片岡 達彦 博士(農学)
プロフィール
1998年
 東京大学大学院農学生命科学研究科応用生命科学専攻卒業(農学博士)
東京大学、理化学研究所ならびにオーストラリアの連邦研究所において、環境修復を目的として劣悪土壌における生育を可能にする植物の研究を行う。その後、ポスドク研究員の身分の不安定、閉塞感と同時に、ビジネスへの関心、「日本の資源は人材、技術立国ニッポン」との思いから、転職コンサルタントへのキャリアチェンジを決意。
2006年6月
 現職(テンプスタッフ・ケリー株式会社)に転職。研究者出身の経験を活かし、理系の研究開発分野に特化した人材紹介サービスを展開し、同時にポスドクの就職支援、キャリア相談を行っている。